梅津庸一 個展
プレス機の前で会いましょう
版画物語
作家と工人のランデヴー

営業日:木、金、土、日、祝

営業時間:13-19時


 
この度NADiff a/p/a/r/tでは、梅津庸一の個展「プレス機の前で会いましょう 版画物語 作家と工人のランデヴー」を開催いたします。
梅津庸一は「美術とはなにか?」という根本的な問いに様々な角度からアプローチしてきた美術家です。もともとは日本の近代美術絵画の生起する地点に関心を抱いたのが始まりでした。その問題意識のもと、受験絵画などの日本の美術教育や制度に切り込んだ視点で制作や活動を行ってきました。多くの画家を指導したフランス人画家、ラファエル・コランの代表作《花月(フロレアル)》(1886年)や、コランに学んだ黒田清輝の《智・感・情》(1899年)を点描画のような筆致で⾃らの裸像に置き換えた自画像を発表し注目を集めました。また細密なドローイングや映像作品など、絵画にとどまらない領域でも作品を展開。2014年からは美術共同体/私塾「パープルーム」を創設し、美術教育やインフラについて問い直してきました。2021年からは信楽の製陶所で作陶を始め、ものをつくることの本質を身をもって考察し、ものづくりを支える人々や下部構造にも独自の視点で光を当ててきました。「美術」「つくること」に純粋に、そして鋭いまなざしで向き合い続け、様々な人を巻きこみ波紋を広げる梅津の活動は、今日のアートシーンでも特異であると言えるでしょう。 
 
本展では、今年4月に開催された個展「遅すぎた青春、版画物語(転写、自己模倣、変奏曲)」(銀座蔦屋書店、2023年)に続き、版画作品を中心に発表いたします。多様な版画技法を梅津ならではの方法論で練り上げ圧巻の作品点数で構成された前回展ですが、本展では短期間のうちにさらに追求された新作の版画によって「ライフスタイル」に及ぼす影響を考えます。また版画制作の要でもある工房の職人の仕事と、版画と向き合い出会った版画家たちの現在を紹介する「みんなの版画掲示板」も同時開催。ぜひ会場にてご高覧ください。 
 

協力=Kawara Printmaking Laboratory Inc.、安藤裕美、みそにこみおでん、阿部宏史


 
本展について
 
見晴らしの良いベランダで洗濯物を干しながら「ここでの生活にもだいぶ慣れたな」とふと思った。ここは町田市の高ヶ坂にある「版画工房カワラボ!」である。先月開催した蔦屋書店での「遅すぎた青春、版画物語(転写、自己模倣、変奏曲)」展の準備のために「カワラボ!」に滞在しはじめてそろそろ1ヶ月半になる。「カワラボ!」に馴染みすぎてもはや座敷童子のような存在と化している感すらある。作業着を借りることもあるので衣食住のほぼ全てがここで完結しているのだ。いわゆるアーティスト・イン・レジデンスのような水準を超えて深入りしているように思う。 
午前10時前に出勤してきたスタッフによる掃除機の音で目覚める。版画工房の1日はせわしない。いくつもの依頼仕事にくわえて作家や学生や趣味で版画をつくっている人が次々に工房を訪れる。年代も属性も異なる人々が版画を介してプレス機の前に集い時間と場をゆるやかに共有する。民間の工房でありながら公民館のような公共性を持っているのだ。税金を原資としたプロジェクトにはない切実さと、町にすっかり溶け込んで機能している在りように尊敬の念を抱いている。現代アートにおいて「ソーシャリー・エンゲイジド」と謳うようなことが「カワラボ!」ではごく自然に行われているのだ。 
僕がいまだにここに滞在し続けている理由は蔦屋書店での展覧会の会期中にナディフから依頼があり本展の開催が急遽決まったためである。依頼自体は2年ほど前からあったが是非このタイミングでということだった。本来であれば作陶のために信楽に行く予定だったが「版画物語」は続行されることになった。短期間にかなりの数を作ったので体力と精神力の限界を感じてはいたが「カワラボ!」での生活が終わってしまうのが寂しかったので正直とてもありがたい話だった。前回は「遅すぎた青春」という特別な密度の濃い時間を過ごす中で1ヶ月のあいだに250点ものユニークプリントを生み出した。それらの多くは手彩色を施すことによって版画作品に固有性が付与されていた。しかし最近、僕の中に版画家の自我らしきものが芽生えつつある。アクアチントのために散布する松脂の粉末の密度、スピットバイトと呼ばれる直接腐蝕液を筆に含ませて描画する技法と広い面積の銅を露出させるディープ・エッチングなどの複数の技法が画面上で同時進行、もしくはそれらの中間地点に妙なこだわりを持ち始めたのである。 
 
かつて版画家の中林忠良はこんな言葉を残している。
 
「現代では、版画もより個性的な絵画であろうとするために、その技法は作家固有の言語に改変されることが多く、その改変が独自の、また多様なイメージを支えているといえよう。」

(中林忠良『もう1つの彩月 -絵とことば-』、《転位’87-地-Ⅰ》に寄せたテキスト「絵の周辺」1988年1月、玲風書房、2012年、p68)

 
なるほど。僕も中林と同じようなルートに入りつつあるのかもしれない。ひとえに版画と言っても様々だが主題を多少おざなりにしても版画の技法自体に沼のような奥行きがあるためそこに版画家たちは自らの固有性や独自性の立脚点を期待しがちなのだ。また版画技法に伴う物理現象は「深遠なる黒」「小さな宇宙」「自然との深い対話」などの本質主義や詩情の世界とやたら親和性が高い。優れた版画家はそれが高次に達成できていることになっている。僕はその点に複雑な思いを抱いている。中林の師で日本における銅版画のパイオニアと評される駒井哲郎なども美術史的に見ればパウル・クレーなどのエピゴーネンに過ぎないと一蹴することもできるだろう。けれどもその一方で駒井の仕事にはたしかに興味深い成果も散見される。版画自体の作品分析と同時に版画界を形作ってきた教育制度なども一緒に再考していく必要があるだろう。この問いは今後も考え続けていきたい。 
 
そして版画三昧の日々は僕自身のライフスタイルにも大きな変化をもたらした。前述したようにすっかり工房のバイオリズムと同期しつつあり「カワラボ!」の営業時間や銅版画の腐食の時間などこれまでの自分とは違う時間割りに最適化していった。当然のことかもしれないが「ものをつくる」「何かを突き詰める」を徹底しようとすればライフデザインは自ずと変形し歪になっていく。もはや仕事なのかプライベートなのかもわからなくなってきた。僕が「パープルーム」というアート・コレクティブを主宰していることからも明らかなように、かねてより生活と制作を接近させ重ねてしまいたいと切望してきた。それが幸せかと言えば甚だ疑問ではあるのだが。なにかをつくるという行為は創作の喜びをもたらす一方で常に「暗さ」が伴う。本展にはリトグラフを壁紙に流用し部屋全体を版画で覆い尽くす試みも展開される。美学的なものがライフスタイルにどのように影響するのかもっと踏み込んで考えるためである。 
今日における版画はいわば型落ちした印刷技術を舞台とした芸術の一ジャンルと言えるだろう。銅版画にしてもリトグラフにしても、もともとは書物を作り思想を広く普及させるための技術だった。今日、わざわざ1枚の、それも実用性のない画像を生成するのにこれだけの労力と時間とコストを投入するのは非合理的であると言わざるを得ない。さらに世界的に見ても版画工房自体の数はかなり少なくなっている。また「版画」を支えてきた産業構造も時代の流れとともに急速に弱体化している。リトグラフに至っては日本でアルミ砂目版を生産しているのは現在一社しかなくなってしまったし、平版自動校正機の生産も受注生産のみになっている。つまり版画の技術の一角は着実にロストテクノロジーへと向かっているのである。そんな状況のもと工房で協働しながら版画をつくる行為は信楽の製陶所での作陶と同様に斜陽産業と個人の制作の並走と言えるだろう。 
版画工房は作家と協働して版画作品をつくるのが主な仕事である。僕が「カワラボ!」に滞在できるのもそのモデルに乗っているからである。しかし正直に言えば作れば作るほど己の美術家という主体も、拠って立つ美術自体への信頼も揺らいで崩れていくのを日々実感している。それは僕自身の個人的な問題でもあるが、昨今の美術批評の後退や美術を支えるインフラの変化などとも無関係ではなさそうだ。僕の実感では版画工房や製陶所よりも美術家の方がよっぽど危機的状況にあると感じている。ところで僕が現在、美術家としてかろうじて活動できているのは二十代の頃に戦後日本美術を牽引してきた『美術手帖』のバックナンバーを読み、セゾン文化の流れを汲むナディフに通うことで得た知見や経験に拠るところも大きい。また「カワラボ!」の河原さんも池袋にあったアール・ヴィヴァン(ナディフの前身)に通い詰めていたという。ちなみに1993年にセゾン美術館で開催された「アンゼルム・キーファー展」では作家からサインをもらっている。文化とコンテンツのあり方はこれからも変化していくだろう。実際、現在のSNSやサブスクリプション型のビジネスモデルの隆盛は美術にも当然大きく影響を及ぼしている。そんな中で作家としての矜持や「ものをつくる」の意味もまた当然変わっていくだろう。しかし、ただ「昔は良かった」で済む話ではない。問題の多くは以前から存在したんに見過ごしてきたとだけとも言えるからだ。それらをもう一度考えなおす場所として版画工房は僕にとっては最良だった。版画工房では日常的に市場経済との距離感や産業と美術における技術の差異が具体的に見えるかたちで展開されている。そしてそもそも作家と工人(職人)は簡単に定義できるのだろうか。それぞれの中に内なる作家、内なる工人が存在しているはずだ。版画作品は「規範や伝統からの逸脱」と「地道な修練の積み重ね」の往復を経てはじめて結実するからだ。作品は便宜上、作家に帰属しているに過ぎないのではないか。しかし僕が工房と同化しようと試みたとしても、やはりそれは難しいのかもしれない。今はその抵抗と作家という役割を演じることに作家である自分を逆説的に見ている。作家という主体の限界や欺瞞、情けなさを見つめ直し、勘違いや間違いをも刷り重ねていく。それこそが僕にとっての「版画家」の仕事なのだろう。 
 
なお、本展と同時開催の企画として「みんなの版画掲示板」がナディフの店舗スペースにて展開される。今泉奏、花澤武夫、重野克明、辻元子、尾関立子、小指、わだときわ、冨谷悦子ら複数人の作家の版画を紹介する。それは今後開催される予定の、物故作家から現在活動する作家までが一堂に会する展覧会「みんなの版画物語(仮)」のプレ企画である。美術の世界において版画は周縁のものとみなされがちだが、今一度版画の持つ芸術と産業のポテンシャルを見つめ直し、刷り直す展覧会になる予定だ。物語はひとりでは紡げないのだから。 
版画を始めて2ヶ月に満たない僕が言うのもなんだが「プレス機の前で会いましょう」 
 
 
梅津庸一

 


 

●TALK EVENT

 
本展にあわせ、2回にわたってトークイベントを開催いたします。
梅津が版画制作を行う「カワラボ!」(Kawara Printmaking Laboratory Inc.)のプリンター河原正弘氏と平川幸栄氏とともに、前半には成相肇氏(東京国立近代美術館主任研究員)、後半には藤村拓也氏(町田市立国際版画美術館学芸員)を迎え、版画と芸術にまつわるトークを繰り広げます。

2023年5月19日(金)19時~
「印刷と芸術について」

 
登壇者:
梅津庸一
成相肇(東京国立近代美術館主任研究員)
河原正弘(Kawara Printmaking Laboratory Inc.)
平川幸栄(Kawara Printmaking Laboratory Inc.)

開催日:2023年5月19日(金)19:00-20:30 (開場:18:45)
開催場所:NADiff a/p/a/r/t店内
入場料:無料  
ご予約不要のイベントとなります。会場に直接お越しください。
※席に限りがございます。満席の場合は立見となります事ご了承ください。
 
 

2023年6月4日(日)19時~
「わくわく!町田版画物語」

 
登壇者:
梅津庸一
藤村拓也(町田市立国際版画美術館学芸員)
河原正弘(Kawara Printmaking Laboratory Inc.)
平川幸栄(Kawara Printmaking Laboratory Inc.)

開催日:2023年6月4日(日)19:00-20:30 (開場:18:45)
開催場所:NADiff a/p/a/r/t店内
ご予約不要のイベントとなります。会場に直接お越しください。
※席に限りがございます。満席の場合は立見となります事ご了承ください。
 
※トークはいずれも後日オンラインで配信予定です。


 

●プロフィール

 

梅津庸一|Yoichi Umetsu


 
美術家。1982年山形県生まれ。神奈川相模原市と滋賀県甲賀市信楽町に在住。
「美術とはなにか」「つくるとはなにか」という問いを美学的、制度的の両面から考察している。
主な展覧会に、個展:「未遂の花粉」(愛知県美術館、2017年)、「 梅津庸一展|ポリネーター」(ワタリウム美術館、2021年)、2人展:「6つの壺とボトルメールが浮かぶ部屋 梅津庸一 + 浜名一憲」(⾋居アネックス、2021年)、グループ展:「森美術館開館20周年記念展 ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」(森美術館、2023年)、「恋せよ⼄女!パープルーム大学と梅津庸一の構想画」(ワタリウム美術館、 2017年)、「百年の編み手たち―流動する日本の近現代美術―」(東京都現代美術館、2019年)、「平成美術:うたかたと⽡礫(デブリ)1989-2019」(京都市京セラ美術館、2021年)など。作品集に『梅津庸一作品集「ポリネーター」』(美術出版社、2023年)、『ラムから マトン』(アートダイバー、2015年)。『美術手帖』2020年12月号特集「絵画の見かた」監修。
 


 

●トークゲストプロフィール

 

カワラ・プリントメイキング・ラボラトリー

カワラ・プリントメイキング・ラボラトリー [Kawara Printmaking Laboratory・通称カワラボ]は、多くの主要な現代美術家、出版社、ギャラリーと協力して、ファインアートの版画を制作・出版する工房。東京・町田市に拠点を置くスタジオは築65年の昭和のお米やさん・精米工場を、Printmakingに専念できる総合版画工房に再生し、2010年にオープン。ギャラリーや出版社からの委託版画制作と、自身の企画版画制作・版画出版の両方で活動する他、個人的に制作する作家が自由に出入りし工房を使う事もできる。
 

河原正弘|Masahiro Kawara

チーフプリンター

平川幸栄|Sachie Hirakawa

サブプリンター

 
 

成相肇

東京国立近代美術館主任学芸員。⼀橋大学大学院⾔語社会研究科修了。「石子順造的世界 美術発・マンガ経由・キッチュ行」、「ディスカバー、ディスカバー・ジャパン「遠く」へ行きたい」、「パロディ、二重の声 日本の1970年代前後左右」(同)など、美術と雑種的な複製文化を混交させる企画を手がけながら、府中市美術館、東京ステーションギャラリー学芸員を経て2021年より現職。著書『芸術のわるさ』(かたばみ書房)近刊予定。
 
 

藤村拓也

町田市立国際版画美術館学芸員。1981年山口県生まれ。専門は西洋版画史、初期ネーデルラント絵画史。2012年より現職。「森羅万象を刻む―デューラーから柄澤齊へ―」展(2016年)、「THE BODY―身体の宇宙―」展(2019年)、「自然という書物―15~19世紀のナチュラルヒストリー&アート―」(2023年)等を担当。

 


 

●お問い合わせ

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